英語・英語教育・TOEIC

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論文作成に向けての作戦 PC環境のパワーアップ

ここのところ、論文を書いていた。
テーマは、ニュース記事の難易度(リーダビリティ、readability)について。

ワードやウェブサイトを何枚も開いての作業を繰り返すことがわかっていたので、あらかじめ道具をパワーアップさせておいた。

ノートPC(Windows7)のメモリを今までの2倍の8GBにした。

大画面がほしかったので、この24インチディスプレイを購入した。



ちょっと大きすぎたか、21インチでもよかったか、と思ったが、しばらくしたら慣れた。
慣れると大画面は非常に快適。

類似商品と比べて安いものだが、問題なく使える。

色々な設定があって、最初は困惑した。
「目にやさしくするため、Blue Lightをカットする」、「オフィスで使用」というような設定にした。
画像が黄色っぽく見えたが、すぐに慣れてきた。

ノートPCの画面と併用することもできる。
ノートPCと同じ画面にすることもできるし、2画面を1つとして扱うこともできる(例えば左側にウェブサイト、右側にワードを開いた場合、ノートPC画面はウェブサイトが、大画面はワードが表示される)。
個人的には、大画面だけにするのが使いやすい。

なお、画面設定の切り替えは簡単。
「Windowsボタン」と「P」を同時に押せば、切り替え設定画面が現れる。(「P」はプロジェクターのことらしい。)
(もちろん、コントロールパネル→ディスプレイ→ディスプレイの設定の変更 でもできる。)

なお、解像度には注意したほうがいいかもしれない。

大画面だからか、最近のディスプレイは皆そうなのかは知らないが、この商品の解像度は1920×1080。
一方、私のPCは1280×720。

2画面にしたら、大画面の文字がちょっと粗くなってしまう。
仕方ないかあ、と思ったのだが、大画面1つにしたら大丈夫!
よかったよかった。

というわけで、論文は予定よりも早めに仕上がった。

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【 2014/09/28 】 PC | TB(0) | CM(-)

アウトプット力の評価は困難&選択眼の持ち方

「AERA English」の記事に関する
ブログ「英語教育の明日はどっちだ!」の記事
http://goo.gl/QRI02v
を読んで思ったことは次の通り。

①アウトプット(S&W)の善し悪しの判断はほとんど不可能
②「AERA、安河内、横川」等の名だけで内容を盲信すべきでない

①について
文法・語法、発音等の正確性についての評価なら可能であるが、語・表現の選択、文脈の作り方などについての評価は非常に難しい。なぜなら、それらは個人の感性・嗜好による所が大きいからである。
「どのような文脈にして、どのような表現を使うか」は、むしろ日本語の能力であろう。
日本語で作文をしたときに、読みにくい文、不適切な表現を使った文などを書く人の場合、それを英語で書くとしたら、さらにひどい英文になるだろう。英語がペラペラな人が作文がうまいとは限らない
それは、英語母語話者についても言えるだろう。掲載されている文章がネイティブチェックを受けていたとしても、そのネイティブ話者が作文が下手な人だった場合、下手な英文しかできあがらない

②について
今まで何度も述べているが、消費者は選択眼を持つ必要がある。商品である以上、特に大手の出版社は「売れるもの」だけを売っている。その分、中身には「著者の考えとは違う部分」も含まれているかもしれない。また、有名な人の名前だけが使われ、中身は別人が書いているかもしれない。
学習者としては選択眼を持つのは難しいかもしれない。正しい判断を下すためのコツは、1つだけを盲信しないことだろう。一般に言われている「セカンド・オピニオン」を大切にするべき。個人的にはサード・オピニオンまで必要だと思う。
本であれば3冊。まさに、3方向から光を当てれば、対象が立体的に浮き上がり、よく見えるようになる。それらを総合的に判断して自分に合った結論を導くようにするとよい


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【 2014/09/24 】 英語教育 | TB(0) | CM(-)

指導者による「表現の丸投げ」はよくない

昔からある「英語上級者による表現紹介」は時に迷惑である。

著名な英語指導者の一人のTweetで「便利な相づち」として次のように紹介されていた。

"I'm sorry. -Don't be.ごめん。-いいのよ。気にしないで。(デス妻S7)"

このように、表現を紹介するだけで解説なしでは、学習者によって誤用されてしまうかもしれない。

I apologize.(すみません)に対して「いいのよ。」のつもりでDon't be.と言ったところで通じないだろう。

Don't be.は、Don't be sorry.の省略であることを添えるべきだろう。

なぜなら、覚えた表現は文法を気にせずどんどん使う人は少なくないし、beの後の省略に気を配る人ばかりではないからである。

このことを書いていて大学時代のことを思い出した。

知り合いの海外勤務が長いサラリーマンが私に教えてくれた。
「英語で否定するときなんと言うか知ってる? I don't think so. って言うんだよ。」

当時の私は「へー。No.じゃないのかあ。」と単純に思っただけであった。

しかし、今考えれば、I don't think so.は1つのバリエーションであって、No.だって当然使えることがわかる。

もし当時の私が教わったことを鵜呑みにして、そればかり使っていたとしたらおかしなことになっていたかもしれない。

例えば
"Are you a business person?"=あなたはビジネスマンですか。
"I don't think so."=そうは思いません。
このような場合は、"No, I'm not."であろう。

しかし、英語の専門家ではない一般の人が実地で学んだ表現を人に教えるのであれば、それはそれでよいだろう。

問題は、指導者による「表現の単なる紹介=丸投げ」である。
少なくとも、文法的な説明(正確さ)と、使うべき場面(適切さ)を説明すべきだろう。

(この指導者は、英語学習者向けに本を何冊も出版しているようだが、学習者に直接指導をしたことはないのではないか。初中級者の実態をよくわかっていないのではないか。もし、わかっているのであれば、「表現の単なる紹介」だけといった無責任なことはできないだろう。
学習者の実態に触れた経験が希薄でありながら、英語学習関連の書籍・教材をいくつも作り続けるのは、無責任以外の何ものでもない。
しかし、実態はそのようなことはわりとある。従って、学習者自身が、教材や指導者に対して選択眼を持たなければならないと言えよう。もっともこのような選択眼は、英語学習に限ったことではない。メディア全般や、あるいは消費活動全般に言えることであろう。)

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【 2014/09/17 】 英語教育 | TB(0) | CM(-)

相手にダメージを与えない表現とテクニック

ある英語指導者のTweetに次のようなものがあった。

=====
★Does what I'm saying make sense to you?
私の言っていることは意味を成してる?=私の言っていること、分かる?
=====


日本語の両者の意味につき、同じことをさしている。よって、イコールで結んでもかまわないかもしれない。

しかし、厳密にはニュアンスが違う。

「私の言っていること、わかる?」に対応させるなら、Do you understand what I'm saying? だろう。
(もっと細かく(英語マニア的に)言えば、"You understand me?"だろう。まあ、文脈などから最も適切な表現を選びだすのは翻訳者の腕と感性によるだろうが。)


ここまで細かく考える必要はないかもしれない。しかし、私は昔、学習中によく疑問に思ったものだった。

英語表現集などで、いくつかの表現がイコールで結ばれて紹介されていることがしばしばであり、
そのたびに「全部覚えるのは大変だ。いったいどれを覚えて使えばいいのだ。」と悩んだのだった。


同じように悩む方もいらっしゃるかもしれないので、これを書いている。

単語や表現は、同じものを指すとしても、ニュアンスは異なる。
存在する数だけ、その必要性が別に存在している。

日本語で考えると、例えば、「本」「書籍」「書物」は同じものを指すとしても、ニュアンスや使う場面が異なる。
「本屋」はあっても「書籍屋」はないし、「書物をひもとく」はあっても「書籍をひもとく」はあまりないだろう。


なお、冒頭の2つの表現のニュアンスの違いは、日本語の違いの通りであるが、その他にも「客観性と主観性」の違いがあるだろう。

主語に注目すると、what I'm sayingとyouである。

つまり、「(私が言っている)こと」と「あなた」。
=「人ではなく客観的(いわゆる無生物主語)」と「人であり主観的」

言い方によっては(例えば怒ったように強く言うと)、主観的だと直接「あなた」を名指しして、「あなたは(私の言っていることを本当に)わかっているの?(本当は理解していなんじゃないの?)」というニュアンスにもなりかねない。

よって一般に、客観的な表現のほうが相手に与えうるダメージを発生させないで済むだろう。


私はよく英会話初心者に次のことを教える。

英会話を始めたばかりで外国人と話す機会があると尋ねたくなるのが
「日本にいる理由」である。

理由を尋ねるのだから
Why did you come to Japan?
で、もちろんよい。

しかし言い方によると
「なんで日本にきたんだよ(来るんじゃねーよ)。」
のようなニュアンスにもなりかねない。

そこで主語を客観的にして
What made you come to Japan?
とする(what made youの発音は、(ほ)わっめいじゅー」となるのが普通である)。

「何が(どういう状況が)あなたを日本に来させたの?」
というニュアンスとなる。

「あなた」を直接名指ししないので差しさわりが無い。

このように、客観的な表現は初対面の相手など、親しくない場合に便利と言えよう。
このテクニックは、日本語の会話でも使えるのではないだろうか。


勉強を進めていくにつれ、表現のバリエーションを増やし、場面に応じて使い分けられるようにするとよいだろう。


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【 2014/09/10 】 発音・スピーキング | TB(0) | CM(-)

指導者の心得

Twitterで見つけたある方のTweet

=====
大御所の言う事でも、gospel truthとして鵜呑みにするのではなく、自分の目で見て検証した方がいい。僕は中学生の頃に松本氏の本を読んで、ある箇所に「辞書はボロボロになるまで引け」と書いてあるのに、別の箇所では「辞書を引かずに英語の本を多読しろ」と書いてあり、大いに困惑した。
=====

これを読んで、以下のことを述べてみたい。


「大学合格体験記」という類の本がある。
昔、私は何冊か読んだことがある。

このような本を読むときに注意しなければいけないのは、「全部を鵜呑みにしないこと」。
「勝利者」の発言は、発言者本人の意図によるかよらないかにかかわらず、真実とのずれが生じる場合が少なくない。

大言壮語になりがちであるし、過去の話は美談になりがちである。

例えば、「過去問集はざっとやっただけ。」との記述であっても、実際には3回くらいは繰り返してしっかり復習していたかもしれない。「ざっと」は、「他の問題集を10回以上繰り返したことと比べれば軽くやっただけ」の意味かもしれない。

また、「1日の勉強時間は5時間ほどだった」と書いてあったとしても、実際には5時間30分くらいだったかもしれない。
これを2日繰り返せば、プラス1時間になる。
「鵜呑み」にして、4時間半ほどを繰り返したとしたら、合格者レベルの勉強時間との差がどんどん開いてしまうことになる。


このような考え方は、勉強やスポーツなどの指導者にとっても留意しておく必要があろう。


英語学習に限らず学問・技芸の習得には長い年月が必要である。
それはよく山登りにたとえられる。
上級になるほど標高が高くなり己の歩んできた道のりが見えなくなる。時には、中腹に雲がかかってしまい、山のふもとがまったく見えないかもしれない。
指導者は上から山を見下ろすが生徒は下から山を見上げている。景色は全く違う。

私は、英語を教えるときは自分がかつて歩いた道を常に忘れないようにしている。


かつて歩いた道=経験。
簡単に言えば「初心忘るべからず」だろう。

さらに他の人の学習法や一般論や教授法など汎用性が高いと考えられている手法も忘れないようにし、独善的にならないようにも気をつけている。

また生徒の特性に合わせるといった、個別的対策も必要だろう。


結局大事な視点は3つではないか。
歴史的観点、客観的視点、個別的処理。

よく考えれば、これは人間の生活全般に対して必要なアプローチ法だろう。

物事を考えるときに一面的に見るのではないということだろう。
過去・現在・未来を見据え、客観的に、そして個別的にものごとを見るようにすれば、
対象に対して、多方面から光が当たり、はっきりと立体的にとらえることができるであろう。


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【 2014/09/06 】 英語教育 | TB(0) | CM(-)

【発音】バス マガジン&BASS Magazine

実際に存在する雑誌には次の3つがある。

(1)「バス マガジン」
(2)「Angling BASS」
(3)「BASS MAGAGINE」

タイトルだけでは、何がなんだか・・・という感じだろう。

(1)、(2)、(3)は、それぞれ、
乗り物のバスが好きな人のための雑誌、
バス釣りが好きな人のための雑誌、
楽器のベースが好きな人のための雑誌
である。

(1)のバスは、bus。
(2)のbassは、魚の名前「バス」。ちなみにanglingは(レクリエーションとしての)釣り(=sport fishing)。
(3)のbassは、楽器の名前「ベース」。

字面だけで判断しようとすると非常にまぎらわしい。
英語は特に音声が大事である。音声から理解したほうがよいだろう。

(1)busは、[bʌ́s]。日本語の「バス」でも、まあ問題はない(この単語に限ったことではないが、ポイントは強弱。「ば」を強く言ったら直後の「す」は脱力しながら言う。しかも、発音記号を見てわかるとおり、子音の"s"だけを言う。日本語の「す=su」のように母音"u"をつけてはいけない。このような「母音をつけない子音のみ」を意識することが、英語の場合非常に大切)。なお、ヨーロッパ系の非ネイティブ話者の発音は「ボス」に近い場合も少なくない。

(2)魚のbassは、[bǽs]。[ǽ]は「あ」と「え」の間くらい。bag(かばん)、apple(りんご)なども同様。アメリカ人によっては「べーぐ」「えぽー」に近い場合もある。とするとbassも「べーす」になりうる(頻繁に使われる単語ではないため実際に聞いたことはないが)。「べーす」だと(3)の楽器の名前と同じになってしまうと心配する人もいるかもしれないが、英語にするとまったく異なるので問題ない。

(3)楽器のbassは[béis]。日本語で書けば「べいす」。日本語の楽器名「ベース」のように「べー」と伸ばしてはいけない。魚の「べーす」とは全く違うことを意識すべき。
なお、base(土台)[béis]も同じ発音。

以上のように、音声を意識すると3者はそれぞれまったく異なることがよくわかる。

ついでに、次のいくつかの単語も区別しておくとよい。

bath, boss, both (風呂、上司、両方)

すべての違いがわかるだろうか。

bathは、[bǽθ]。
[bǽ]までは、魚のbassと同じ。違うのは最後。この場合[θ]なので、舌を上下の歯ではさむ(または舌を上の歯先にあてる)かんじ。

bossは、[bˈɔs/bɑːs]。
英国式では「ぼす」。米国でよく話されるのは「ばーす」。
魚のbassと母音が違うことがポイント。魚のbassは上で述べた通り「べーす」にもなりうる母音。一方、bossの母音は「ぼす」か、またはせいぜい「ばーす」までということ(口の広がり方が、「べ」のように横広がりにはならない)。

bothは、[bóuθ]。
前半は、「ぼう」であって「ぼー」ではない。


以上のように、どれも日本語には存在しない音ばかりである。それぞれの違いを認識するためには相当な練習が必要なのはもちろんである。
その際、たくさん聞くべきなのは言うまでもないが、聞くだけではなかなか細かい違いはわかるようにならない。違いを認識するために発音記号はとても重宝する。発音記号がわからない人でも、上に書いたように日本語の文字で違いを知っておいてから、それぞれの違いを自分で何度も何度も言ってみる。その上で聞く練習をするときに、違いを意識すれば、聞きわけが非常にやりやすくなるのである。

発音の違いを練習するためには、拙著「発音PREMIUM」がお勧めである。
「違い」をわかりやすく日本語を使って説明している。

       

発音が得意になると、英語が格段に楽しくなるので、ぜひ練習して頂きたい。


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【 2014/09/01 】 発音・スピーキング | TB(0) | CM(-)


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