英語・英語教育・TOEIC

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教員の質-1- 免許制度 

学校の教員は、一部を除いて全般的に英語能力が低いと言えよう。

ただし、低いからと言って、必ずしも英語教員が悪いとは思わない。
大学を卒業して22,3歳で教員になったならば、まだそれほど英語力が高くないのも当然である。
そして、ひとたび仕事を始めてしまうと、日常の業務で忙殺されて
自分の英語力を高めるための時間や体力が残っていないのかもしれない。
あるいは、教員になってしまったあとは、自分の英語力を高めることへの興味がなくなってしまうのかもしれない。

教員の仕事の大半は、教科書を教えること。
これができれば免許がもらえるのだから。

しかし、この免許は、車で言えば初心者マークのペーパードライバーのようなものである。
実際の英語運用は、高速道路や砂漠・ジャングルだったり、大型免許だったり、F1レースだったりする。

問題なのは、ペーパードライバーの能力で教員になれるシステム・教育政策であろう。

本来、英語という科目は特殊である。
他の4教科と同列に5教科の1つとされること自体妥当ではない。

社会の先生は社会が得意、数学の先生は数学が得意、英語の先生は英語が得意。
ただし、英語の先生の場合、留学経験者や帰国子女か否かで実力に大きな開きがある。
それらの人達は流暢に話すしTOEICも簡単に900点以上がとれる。
そうでない人達は、話せないしTOEICの点数もはるかに低い。
他の教科で、海外経験の有無で実力に差がでるようなものはないだろう。

このように考えれば、英語という科目が他とは異なることがよくわかる。
従って、英語の教員免許制度は、他の科目と同列に扱うべきではない。

新卒の英語能力が低いのはやむを得ない。
そこで問題となるのが、その程度で免許を与えてよいか、それとも免許の取得をもっと難しくするべきかである。

私見は、もう少し難しくするべきである。
医学部や法学部なみの扱いでもよいのではないか。
(ちなみに、英語教育で高い評価を得ているフィンランドでは
英語教員の全てが大学院での修士号を取得している。)

ものごとを教える場合、教える側の能力が、教わる側の能力よりも相当高くなければ
広く深い知識を授け様々な技能を伝えることができないのはもちろん
正しい内容を教えることさえおぼつかないからである。
例えば、中学1年生の野球部員が野球を教わりたい場合
中学2,3年生に教わるのと、高校生に教わるのと、大学生に教わるのとプロの選手に教わるのとではどれがよいか、ということに似ているのではないだろうか。
(英語力が相当高くなければ不都合である理由は、次回の記事で述べる。)

教員志望者に高い能力を要求するなら
新卒にこだわるのは妥当ではない。
新卒の能力が高くないのは当たり前であり
要求されるレベルの能力を持つのであれば何歳であってもよいのではないだろうか。
英語を使ったビジネスの経験がある人などもよい教員になれるのではないだろうか。

英語や英語文化は、我々の言葉や文化とは言語的・文化的距離が最も遠く、日本人にとって英語を習得することは極めて困難である。
そのようなやっかいなものを取り扱うのはとても難しいことである。
従って英語教員の免許は、車で言えば、2種や大型特殊と考えたほうがよいのではないだろうか。




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