英語・英語教育・TOEIC

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英語教師の質・授業時間をどうするか

「例えば英語教育の良さで有名なフィンランドの英語教師は全員修士号を持つ英語教育のプロである。日本でも法科大学院ならぬ英語科大学院が必要であるとさえ言えよう。それくらい真剣に英語と英語教育を研究した人に英語教師になってもらいたい」との私のTWEETに対して次のような意見がある。

「日本との人口比や英語の必要性の差を考えると現実的ではない。」

私が言いたいことは、教師のレベルを上げたほうがよいということ。

必要性が小さいからといって教師のレベルが低くてよいことにはならないだろう。
現実に多くの問題があるから、現実的でないことに挑戦する必要があるのではないだろうか。現実に則していたらいつまでも同じだと思う。
もっとも「教師全員が修士号を持つ必要がある」とは言っていない。
あくまでそれくらい真剣に勉強した人が教師に望ましいということである。

一方、
「英語の授業時間を増やせ」という考えは、他の科目を減らすことになりよくない、むしろ教師や教材の質を上げるべきとの考えもある。
参照記事はコチラ

質の高い教材を扱うには教師の質も高くないとだめだろう。
では教師の質とは?

教師の質=英語力+指導力だろう。

指導力に関しては、教授法などを勉強したり、経験を積み重ねていったりして伸ばすことができるだろう。なお、これに関しては日本語で実行が可能である。

一方、英語力に関しては英語そのものの力が必要であり、指導力とは交差する部分もあるが別の能力とも言える。

例えば教員の条件として英検準1級を必須とすれば一定の英語力を確保できるし、実行しやすくて「現実的」だろう。
英語に限らず何かを指導する場合、自分がそれについてある程度高いレベルを持っていないと様々な気づきがなくて指導が粗くなるだろう。全員が修士号を持たなくてもよいが教育に関する分析的な目を持つべきで、それはとても大切なことであろう。

例えば発音。
英語には日本語にない音が色々あり、ちゃんとマスターしている教師は多くないのではないか。
その点、分析的な目を持っていれば、聞いて覚える場合もそうだが、それ以外にも発音記号などを駆使して1つ1つの正確さを確認していくことができるのである。

「日本では英語がほとんど必要ではないから教師や授業の質が低くて、ちゃんとした授業を受けられない、
ちゃんと勉強したい人は英語塾に行かなければならない」でよいのだろうか。

ゆとり教育は失敗だったとして、また勉強の質量が増やされた。
現在小学校英語は担任(英語の専門教員ではない)が指導している。しかし近い将来、小学校教員に対する研修が開始され彼らの英語力向上がはかられることとなる(小学校英語が導入された当初、英語が苦手な小学校教師に対して「英語ができなくてもよい。教えるのはコミュニケーションの素地だから、と言っていたが、そろそろ本性を出してきたのではないか。つまり「小学校教師よ、もっと英語力を高めよ」と。)。そしておそらく、いつになるかはわからないが授業担当は英語専科の教師になるのではないだろうか。
小学校がレベルアップしてくれば、中高ももっとレベルを上げなければならないのではないだろうか。


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【 2015/03/28 】 英語教育 | TB(0) | CM(-)
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